
【連載】LEADERS SESSION~トップが語るリテールの明日~
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社会が大きな転換期を迎える中、食品・飲料メーカーのマーケティングはどのように変化していくべきか。消費者に選ばれ続けるブランドであるためには、何が求められるのか。
リテール業界/マーケティング業界のトップランナーとフェズ代表の赤尾が「リテール産業の明日」を語り合う連載企画。
今回は、ネスレ日本株式会社 常務執行役員 飲料事業本部長の島川基氏と、変化の本質から、これからのナショナルブランド(NB)のあり方、マーケターに求められるスキルまで深く掘り下げていきます。
赤尾:AIの進化を含め、これから5年、10年という時間軸で社会に大きな変化が起こると言われています。島川さんから見て、最もインパクトのある変化はどのようなものだとお考えですか。
島川:最も大きな変化という点では、やはり「人口減」が一番インパクトが大きいと思います。労働市場の構造が完全に変わり、支える側の人間が少なくなっていくわけですから。
「人口減」という避けられない変化によって、デジタル化は全体としてさらに進んでいく。これがまず前提としてあると考えています。
赤尾:マクロ環境の変化を踏まえて、食品・飲料事業のマーケティングには、今どのような変化が起きているのでしょうか。
島川:労働人口の減少に伴い、メーカー側も小売側も、人手を前提としたやり方が通用しなくなりつつあります。同時にコストが上がり、インフレも進むと、「消費の二極化」がよりはっきりと表れてくるでしょう。
生活者が何にお金を使うかの判断が、もっとシビアになってくる。そうなると、価値や機能といった軸ではなく、「なぜこのブランド、この商品を選ぶのか」という、選択する“意味”が問われるようになってきます。

赤尾:競争のルールも変わってきそうですね。
島川:はい。マーケティングの観点では、「競争の軸」が変わってきていると感じます。
かつては商品のスペックや機能で差別化していましたが、市場全体の品質が向上し、単純な差がつきにくくなっています。そうなると、商品そのものを取り巻く「体験」や「文脈」を含めて、どう選ばれるかが非常に大事になってきます。
例えば、私たちが手がけるコーヒーマシンのビジネスで言うと、商品はコーヒーそのものだけではありません。どんなカートリッジを選ぶかという選択から、ボタンを押すシーン、コーヒーが抽出されるのを待つ時間、香りを楽しむ時間、そしてそれを飲むという一連の動作すべてが「商品」として定義されるのだと思います。
商品の定義が「単品」から「体験全体」へと変わっていく。これは大きなトレンドです。
赤尾:情報の受け取られ方も変わりますか。
島川:メディア接触が多様化し、情報量が爆発的に増える中で、人間の脳の処理は追いつきません。結果として、コミュニケーションは非言語的になり、いかにアテンションを引くかが重要になってきました。
それに伴い、購買に至るまでのファネルの考え方も変わるでしょう。特に大きいのは、購入前に「疑似体験」が生まれることです。
インフルエンサーなどのコンテンツを通じて疑似体験をし、納得してしまう。購入していなくても、そのコンテンツをシェアしたりする。
私たちは、購入者だけでなく、こうした非購入者も含めた接点をきちんと押さえていかなければなりません。

赤尾:変化が激しい時代において、食品・飲料のマーケティングを推進する上で最も大切なことは何だとお考えですか。
島川:私自身が大切にしていることで言うと、3段階のレイヤーがあると考えています。
まず、最も大事な土台となるのは「トラスト(信頼)」です。
もっともらしい回答をしながら嘘をつくAIなどが氾濫してくると、「このブランドが言うことを信じていいのか」「判断を委ねていいのか」という点が非常に重要になります。
品質や安全性はもちろんのこと、ブランドが発信することとやっていることが全て一貫しているか。サステナビリティへの取り組みなども含め、企業として透明性を持って信頼感を築くことが土台になります。そしてこれは一夜にしてできることではなく、継続的に積み上げていくものであるため、模倣が難しく競争優位をつくるための資産となります。
2つ目のレイヤーは、「おいしさの体験をどう設計するか」です。
品質や栄養、健康といった要素は、もはや提供できて当たり前になってきます。その上で、食品である以上「おいしい」と思ってもらうことが何より大事です。
香り、口当たり、温度、食感といったものは、言葉ではなく感覚で理解するものです。
特に、五感の中でも嗅覚や一部の触覚は、視覚情報と違って、解釈を介さずに脳に直接届きます。コーヒーであれば、瓶を開けた瞬間の香り、抽出される時の香り、口に含んだ時の温かさや食感など、様々な組み合わせでおいしさへ影響を与えることができます。
よく「人は感じた後に理由を作る」と言われますが、理由は後付けであることが多い。そうであれば、いかに直感的に選んでもらえるかが重要になります。
直感に届く体験を、もっと科学的に捉え、設計していくことが重要です。

3つ目のレイヤーは、それらの価値を継続して楽しんでいただけるよう、「生活者の中にきちんと定着させること」です。そのために大事なことが2つあります。
1つは、メーカーが発信する「一次情報」です。
情報が氾濫する中で、信頼に足る情報、例えば「どうすればもっとおいしく飲めるか」といった情報を、私たちが発信者として責任を持って届ける必要があります。
もう1つは、「感情資産」を築くことです。
理屈で一次情報を伝えても、それはAIが検索して届けられるものかもしれません。しかし、検索に至る手前の段階で、「なんだか分からないけど、私はこのブランドがいい」と思ってもらえるような感情的なつながり、資産を持つことが、最終的に非常に重要になってくると考えています。
赤尾:コーヒーにまつわる体験を届ける、お客様と感情的なつながりを築く。いずれも、御社はかなり早い段階から実践されているように思います。
島川:はい。例えば「Together Nestlé」といったロイヤルカスタマー向けの会員プログラムは2000年前後、「ネスカフェ アンバサダー」は2012年からスタートしています。
「ネスカフェ」は、1960年に発売されたコーヒーで歴史も長い。その分、かなり前からファンのお客様がいらっしゃいました。だからこそ、お客様相談室やコンタクトセンターが担ってきた役割はすごく大きい。お客様との対話を通じて、もっとタッチポイントを増やすにはどうすればいいかを検討し、生まれてきたイノベーションの一つが「ネスカフェ ゴールドブレンド バリスタ」や「ネスカフェ ドルチェ グスト」のようなコーヒーマシンとそれと連動したD2Cのビジネスモデルです。
これらをきっかけに、「ネスカフェ アンバサダー」のようなプログラムではコミュニティやコミュニケーションスペースを生み出すことができ、ブランドとしての活動の幅も広がっていきました。
東日本大震災の際には、仮設住宅の近くにコミュニティカフェを作り、コーヒーを提供させていただいたこともありました。ちょうど私がマーケティング担当になったばかりの頃で、人が集える場とか体験できる場を作ることにすごく意味があるなと実感しましたね。

赤尾:この記事を読んでいる次世代のマーケターに向けて、今後どのようなスキルやマインドが求められるか、お考えをお聞かせください。
島川:私が常に言っているのは「好奇心」と「聞く力」です。
変化の激しい時代では、昨日の正解が今日の正解ではありません。答えを持っている人よりも、前提を疑い、改めて問いを立てられる人が重要になります。その問いの源泉となるのが「好奇心」です。
そして、問いを立てるためには、人の話を聞かなければなりません。コミュニケーションを、自分の伝えたいことを伝える場だと捉えている人が多いですが、本質は対話です。現場の人、消費者、あるいは自分の家族からでも、自分にはない視点や情報が得られます。注意を払ってきちんと「聞く力」が、何よりも大切です。
赤尾:CMOのような、より経営に近い立場になると、さらに何が必要になりますか。
島川:2つあると考えています。1つは「判断力・意思決定力」です。
情報や知識の整理は、AIがやってくれる時代になります。そうなると、どこに投資するのか、いつ撤退するのか、短期と中長期のどちらを優先するのか。何を捨てて何を守るかという「判断」が、すべて人間に委ねられます。
絶対的な正解がない中で、論理だけでなく、パッションや倫理観も含めて、多くの人が「この人が言うなら信じてついていこう」と思えるような「意思決定」ができる力が求められます。
もう1つは、先ほども触れた「感情資産」の作り方です。
機能だけでは勝てません。機能が前提となった上で、いかに感情で差別化できるか。自社が持つ資産、例えば「ネスカフェ ゴールドブレンド」のように何十年も前から受け継がれてきたものの中に、お客様にとっての価値が眠っています。それを見直し、時代に合わせて変化させながら発信していく力が不可欠です。

赤尾:島川さんご自身の中で、「マーケティング」と「経営」はどのように位置づけられていますか。
島川:私の中では、完全に重なっています。
ここで言うマーケティングとは、商品開発やコミュニケーションといった狭い意味のものではありません。ブランドマネジメントのすべてが含まれます。
ブランドマネジメントとは、ブランドのPL(損益計算書)から製品開発、コミュニケーションまで一貫して責任を持つことです。つまり、ブランドが強いということは、ブランド自体の収益性も健全でなければならない。ブランド力はあるのに収益が厳しいというのは、どこかで価値のバランスが崩れ、結果的にブランド力を毀損してしまっているということです。
消費者、カスタマー、そして私たち自身という三方よしの関係を築けているブランドこそが「強いブランド」です。そうなると、ブランドのPLを見ることは事業の収益を見ること、つまり経営そのものだと考えています。
赤尾:小売のプライベートブランド(PB)が拡大する中で、ナショナルブランド(NB)は今後どうあるべきだとお考えですか。
島川:PB化はこれからも間違いなく加速していく潮流です。
その中で、お客様が選択する際に「なぜこのブランドでなければいけないのか」という理由を持ってもらえない限り、NBである必要はないのかもしれません。
私たちはPBを作ったことがなく、常に自分たちのブランドである意味を追求してきました。リーダーシップを取れない事業に関しては、PB化やOEM化をするのではなく、明確に撤退や譲渡を選択する。そうしたポートフォリオマネジメントを通じて、NBとしてあるべき理由を追いかけ続けています。
PBの脅威に晒されるようなブランドであれば撤退したほうがいい。それくらいの覚悟で、ブランドの価値を問い続けることが、これからのNBには求められるのだと思います。